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大川小学校児童津波被害国賠訴訟を支援する会です。

9月14日午後1時30分、仙台高等裁判所で、控訴審の第5回口頭弁論が開かれました。以下、当日の法廷と進行協議の結果を報告します。

証人4名が決定

まず、証人について、唯一生存した教員を法廷で尋問することを改めて求めました。市と県側は、精神疾患を理由に「医療的、人道的に証人尋問を許可することはできない」とする主治医の意見書を出して、法廷での尋問に反対しました。私たちは、医師の主観的意見書ではなく、カルテや投薬記録など客観的な資料の提出を求め、それがなければ出廷できない理由にはならないと主張しました。

その他の証人として、私たちは教育委員会の防災担当職員と当時の大川小の校長、大川中学の校長、教頭を申請しました。市・県側は、あらたに教育委員会職員については同意し、さらに1名を申請する一方、当時の校長、大川中の校長、教頭については反対意見を表明しました。

閉廷後の非公開の進行協議の結果、震災当時の大川小学校柏葉校長、大川中学豊島元教頭、当時の防災担当の市教委職員の山田氏、飯塚氏と、計4人の証人尋問を行うことを決めました。

教育委員会職員の証人尋問は一審ではなされなかったもので、控訴審で、事前の学校防災体制のあり方について、裁判所が重視していることを示すと考えられます。

生存教員の採否については、裁判所は判断を示しませんでした。今後の審理動向によっては、証人尋問の可能性が残っているとも考えられます。

現場検証について

私たち原告は、以下の現場の視察・検証を求めました。

・大川小学校の校舎、校庭、裏山、周辺部

・近接する北上川、富士川、三角地帯、千葉自動車、通称「バットの森」、釜谷トンネル

・大川中学校、大川保育所、飯野川第一小学校、同中学校、河北中学校

進行協議の結果、10月4日の現地視察では、津波襲来の直前に向かったとされる北上川堤防付近(通称「三角地帯」標高約7メートル)を経て、千葉自動車、「バットの森」と、マニュアルに避難先として明記すべきだったところまで徒歩で確認することが決まりました。

他方、学校付近の裏山については予定に入れないとされました。一審ですでに十分確認されているからとの判断と思われます。

危機管理マニュアルについて

市・県側は、裁判所が求めていた津波浸水予想区域外にあった市内22の小中学校の危機管理マニュアルについて、ようやく提出に応じましたが、マニュアルに津波避難先を明記していたのは大川小より海側の5校にとどまると述べ、「大川小のマニュアルに津波避難場所が明記されていなかったとしても、不備があったとは言えない」と主張しました。

これに対して、私たちは、大川小より上流(海より遠い)位置にあり、津波でマニュアルが流出したとされる大川中学校では、そのマニュアルに津波の到達の可能性が明示され、3階へ避難するとなっていたことを把握しています。事実、検証委員会の資料としてすでに提出されています。

しかし、市・県側では提出を遅らせた上で、校長に陳述書を作らせて、「実はなかった」「記憶のなかで津波が来たら3階と書いたが、洪水だったかもしれない」といった小細工を策しています。この点については、大川中教頭への証人尋問などを通じて明らかにしていく予定です。

また、被告側はハザードマップで大川小には津波が到達しないとされていた、したがって予見不可能だった、と再三主張しますが、裁判所は、「宮城県地域防災計画(平成16年6月)」のなかで、河北町に5.1mの津波が遡上するという記載があり、それがわかるカラー図面の提示を求めました。

こうして、一審では現場の先生方の過失のみを認定しましたが、控訴審では事前の防災体制を含めて、市・県などの組織的な責任について、義務教育における公立学校で組織的過失があったのではないかという点を裁判所が重視していることが明確になってきました。私たちは、こうした姿勢を歓迎し、今後の証人尋問などを通して立証に臨んで参ります。

進行協議の後、弁護士会館で記者会見を行い、メディアの皆さんとの活発な質疑が行われました。

今後の公判予定

実地検証:10月4日午後1時半〜

第5回公判:10月12日午後2時〜5時

第6回公判:11月14日午後1時半〜4時半

次回公判は、10月12日午後1時半からです。可能な方は、ぜひ傍聴に来ていただくようお願いします。

引き続き皆さまのご支援をどうぞよろしくお願いします。

(只野英昭)

大川小学校児童津波被害国賠訴訟を支援する会

吉岡和弘法律事務所 内

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TEL 022-214-0550

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